La vida tranquila como una melodia "TARARAN"
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旅をすることと生活すること
学生時代から20代前半にかけて、何カ国か旅をした。
あの頃の旅は、ひたすたにキョロキョロし、
町の風景を楽しみ、街角のものを食べ、屋台でビールを飲み、
そこにいる人々と同じ空気を吸えることが面白かった。
何かそれだけで満たされるものがあった。

私はあの頃から少し変わったな、と思ったりする。
それは長い時間を日本から離れた町で生活することで変わっていったのか、
それとも単純に歳を重ねたことで変わっていったのか、
たぶんどちらも同時進行なんだと思うけれど、
あの頃の“外国”への純粋な興味とか、“外国語”を話す漠然とした恐れとか、
そういうものが今では違う種類のものになっていると思う。

こんなことをふと思ったのは、
私の周りにいる友達が、日本だけでなくて、
世界中のいろんな場所から連絡をくれることが多くなってきたから。
ここ数年で結婚する知り合いも多くなって、日本人以外の人と結婚することも
決して不自然ではないこととして受け止めるようになった。

私自身、ラテンアメリカでの生活が3年目になって、
周りの環境を自然に自分のものとして大らかに受け止められるようになったことに驚いている。
最近では、「Chinita(中国人)」と言われて腹を立てることが限りなく無くなったし、
(もちろん状況によっては激怒することもあるけど。)
レストランのサービスが悪くても、時間にルーズでも気にならなくなった。
もちろん傍から見れば私は外国人で、観光客とも区別がつかないだろうけれど、
私からは人々の考えること、見えるものがとても自然に受け止められ、自分自身の中にあるものとそれらとが
自由な交わりをして心にいい意味でも悪い意味でも突き刺さるものが薄れてきているように思う。

そういう気持ちになった今の自分がとても心地よく、
何か心のしがらみから開放されたような心持ちがする。

もちろん今でも旅をして色々な町を訪れることに興味はあるから、
ラテンの国だけでなくて世界中のいろんな場所へ行ってみたいと思う。
とても幸せなことに、世界のいろんな国に友達ができたし、私が行く日を待っていてくれる人もいる。

世界地図を眺めてバケーションの計画を立てるとき、私は全てから自由になった気持ちになって
とても気分がいい。


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