La vida tranquila como una melodia "TARARAN"
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色んなこと、あった その4
もう私の旅話、飽きてきましたかね?
まぁそう言わずに、もうしばらくご辛抱を。

こっからはもう貧乏バックパッカー話じゃあ~りませんことよ~。
お洋服も買ったし、お化粧道具も最低限揃えたし(そうです、眉毛もボーボーでした。(泣))、
オシャレな美容院のオシャレなにーちゃんに髪も切ってもらったし、次の移動もバスでなくてヒコーキを予約したし。(ルン!)

お買い物のせいですっかり物持ちになった私。
唯一生き残ったちっちゃなリュックでは旅が続けられなくなりました。
なので、ブエノスの目抜き通り「フロリダ通り」のかばん屋さんでゴロゴロ転がして歩けるキャリーバック購入。
それから「No More 置き引き!」というわけで、腹巻式の「大事なもの入れ」も購入。

さぁ、旅は続きます。

10.25~26@バリローチェ in アルゼンチン
お買い物天国のブエノスに別れを告げて、一路“南米のスイス”、バリローチェへ。
空路の移動の落ち着きが心地よい。
盗難の心配も限りなく少ないし、何より速いのがいい。

ブエノスの異常な暑さ(30度!)とは打って変わって雨。気温がぐっと下がって寒い。
バリローチェは私の友人が「是非!」と勧める場所である。
彼女が泊まったというホスタルの連絡先を教えてもらっていたのでそこを既に予約していた。

町は小さいながら清楚かつ温かな感じ。多くの建物が木造だからかもしれない。
メイン通りを歩くと、チョコレート屋さんが目に付く。
「小枝」みたいなのが、ここの名産だそう。

町は湖畔にあって、その湖の先には雪をかぶった山々が連なる。
どこをとっても絵になるとはまさにこのこと。素晴らしい景色だ。

泊まったホテルもとても感じがよく、ホテル内のレストランで取った食事もとても美味しかった。
ここでは鹿肉やイノシシ肉が名物だそうで、鹿肉のシチューを注文。
弾力があってしっかりしたお肉。シチューの味付けがお肉に良くあっていたし、
おまけに地ビールがとっても私好みだったのも嬉しかった!

2日目は自転車をレンタルして湖畔をサイクリング。
「わ~い、久しぶりのチャリンコだ~!」とひとり張り切って漕ぎ出したのもつかの間、
ひゃ~、なんじゃこの坂道~!

なぜか「自分に負けられない!」精神が働き、片道17キロ、往復で34キロを走破。
あまり意味もなく、孤独にチャリンコをこいだ一日であった。(でも意外と筋肉痛なし。原因は不明。)

10.27@プエルトモン@チリ
いよいよ4カ国目突入。チリです。

この日の移動はとてもステキだった。
霧雨が降る中、バスで湖畔を行き国境越えした。
これでもかというくらい、至るところに虹がかかっていて、こんな虹の大安売りを見たのは生まれて初めてだった。

プエルトモンはチリの南、パタゴニアに入る手前である。

ブエノスアイレスからここに来るために買っておいたものがあった。
「おしょうゆ」であ~る。

なんでも、ここプエルトモンには漁港があって、旨い魚介類が食べられるらしい!
そして、ウニがバカみたいな安値で買えるらしい!

バスターミナルについて、適当な近くのホテルにチェックインして、
兎にも角にもお醤油を握りしめて市場を目指した。

あったあった。魚市場だー!!!

お腹が減っていたので食堂に入って「ここの名物をおくれぃ!」と勢いよく頼むと出てきたのは山盛りの貝のコンソメ煮。
名前はもう忘れちゃいました。
コンソメ味がすごく強くて、ワシワシ食べるとしょっからかったけれど、でも美味しかった。

さてさて、ウニウニ~!と思いながら市場を歩くと、ありました!
ビンにぎゅうぎゅう詰めになったウニが、一瓶8ドルだって。
「ねぇねぇおっちゃん、日本でウニかったらこの一つ(ひと粒?ひとウニ?)でいくらすると思ってんの?
私よく知らないけどさぁ、高いんだよ~!」
なぁんてことを、ウニを殻からほじくりだしているおっちゃんと喋りながら、
お腹いっぱいなので明日の朝で直そうと決心して、その場を後にいたしました。

つづく・・・。

エクアドルの新しい大統領が決まりました。
ラファエル・コレアという、若いエコノミスト。
キトにはこのコレア氏を支持する人が多く、投票が終わって暫定的に決まったことが分かった時点でお祭り!
私んちのすぐそばに選挙事務所があったので、花火あり、祝賀コンサートあり、彼自身の喜びのスピーチあり。
日が変わるまで外は人で溢れかえっていました。
そしてキトは1年で一番華やかなキト祭になだれ込みます~。
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色んなこと、あった その3
11日に書いた旅の思い出のつづき。
日々の雑事にまぎれて忘れてしまわないうちに・・・。

10.21@ビジャソン in ボリビア

ボリビアとアルゼンチンの国境、ビジャソンに列車で着く。
バックパッカーがいっぱいの列車はそこそこ快適。
朝、コーヒー売りが来るので一杯買うと、激甘!
こっちではコーヒーにたくさんお砂糖を入れるのが普通。
私にしてみるとこれはもうコーヒーではない。違う飲み物。

列車駅から国境へは歩いていく。
テクテク歩いていると、商店やら両替所がある。
残ったボリビアのお札を使い切ろうと思って値段を聞くと、まだボリビア国内なのにアルゼンチンペソで値段を言ってくる。
アルゼンチンのお金がボリビアのお金よりも強いことがここで想像できる。

25ボリビアーノと言われた長ズボンを「23ボリビアーノしか残ってないの」とポッケのお金の総額を見せて値切ってゲット。
これで4日ぶりに違うズボンがはける!(ポトシで服を全部無くしたので・・・。)

アルゼンチンとの国境に着いてビックリ。長い長い行列。
アルゼンチン側の警官が大仰な態度で「パスポートを見せろ」と言う。
見せると行列の最後へ行けとのこと。同じ列車に乗っていたバックパッカーの姿もちらほらする。

ここで気付く。行列は二つ。ひとつは外国人用。もうひとつはボリビア人用。

アルゼンチン警官の、ボリビア人に対するなんと無礼な態度であること。
「どこへ行く?何しに?書類はどこだ?持ってない?それで国境越えられると思ってんのか?(失笑)」
こんな感じ。とても気分が悪い。
ボリビアの人々はインディヘナ(先住民)の血が濃く、肌は浅黒く背が低い人が多い。
一方アルゼンチン人は完全に白人である。
スペイン侵略時のスペイン人のインカの人々に対する態度がいかなるものであったか、
悲痛な気持ちでこの光景を眺めた。

外国人である私は約1時間かけて国境越え。
見るとボリビア人の列はぴくりとも動いていない。
いったいあと何時間、そこで待つことになったのだろう。。。

アルゼンチン側へ一歩踏み入れると、当たり前のように、人々の話す言葉はアルゼンチンなまりのスペイン語。
「Que le vaya bien!」の発音が、「ケレバ“シャ”ビエン」となる。
すごい。このアルゼンチン魂。

バスターミナルまで歩いて、時刻を見る。
サルタまで8時間、ブエノスアイレスまで23時間。
サルタから飛行機に乗ろうと思っているとチケット売り場で言うと、
「姉ちゃん、バスでブエノスまで行きな。安いし早いぜ。」とおっちゃんが言う。
バスで23時間。想像できない。しんどいのか?楽なのか?
ともあれ、おっちゃんの言うとおり、ブエノスまでのチケットを買う。

結果、しんどかった~~~~。
23時間と言いながら、実際には休憩があったので27時間。
座りっぱなしの27時間です。一日経っても着かないんです。
しかも、アルゼンチン北部はパンパ。バスが走っても走っても草原。
寝ても覚めても草原でした。アルゼンチンは広い広いと思っていたけれど、
ほんとに広いことをこのバス移動で身にしみて感じたのでありました。

10.22~24@ブエノスアイレス in アルゼンチン
22日午後5時過ぎ、ブエノスのバスターミナルに到着。
長い長いバス移動から開放されて、ターミナルで大きな背伸びをする。
久しぶりの都会にわくわくした気分になる。二度目のブエノスアイレス。

インターネットで目星をつけておいたホテルへタクシーで直行。
値段を聞いて、「ちょっと高いかも。」と思ったけど、とにかくチェックイン。
カードで支払いを済ませて部屋へ飛び込む。

なぜかというと、とにもかくにも久しぶりにシャワーを浴びたかったからです。
ウユニのツアーでした簡単な水浴びをカウント外とすると、まさに5日ぶりのシャワーであります。(ひゃっほ~!)
27歳のうら若き(27歳はもううら若きと言いませんか?)チニータ(アジア女)が、
まさかブエノスアイレスほどの都会を5日間風呂に入らずうろうろしていると誰が信じましょう?
ねぇ、ほんとに。仕方なかったのです。自分で自分がかわいそうでしたよ、ほんとに。

ともかく、これで私はキレイになりました。もうさっきまでの異臭をはなっていた(と思われる)私ではありません。
やった~!・・・と思ったのもつかの間。
・・・着替える服がなぁ~~い!・・・、そうでした。全て盗まれていたのでした。

仕方なく、同じ服を着ることにしました。ズボンは国境で買ったやつをはきました。安かったのでボタンがちゃんとはまりません。
なのでひもでしばってボタンは開けたままにしました。
・・・ここで私の心は決まりました。

「明日、思う存分買い物してやるぅぅ~!」

夜、少し前まで職場の同僚だった人と再会。夜は予約しておいてもらった待望の「アルゼンチン肉しゃぶしゃぶ」を食べに日本食レストランへ向かう。
なんでも土日は何皿でも食べ放題だとか。
「う、う、旨~~~ぁい!!」感動の美味でした。
ボリビアはステキな国だったけど、しゃぶしゃぶは無かったぜ!
ブエノスさいこ~!!!
みなさま、ブエノスアイレスへお立ち寄りの際は、ぜひ日本レストラン「日本橋」でしゃぶしゃぶ、召し上がれ。

23、24日は心の赴くままに買い物を致しました。
それはそれは心躍る時間でした。ブエノスはオシャレなブティックがたくさんあって、物価が安い。
日本の代官山(私、田舎者なのでオシャレな人は代官山にいるという固定観念離れず。)で売ってるのと同じくらいステキなお洋服が、
代官山の目の飛び出るようなお値段から3~5で割った数字がタグに表示されています。
コマーシャルに出てくるような、お買い物バックを両手に持ちきれないくらいのお買い物、しました。
日本人は金遣い荒いな~と人々は思ったでしょう。えぇ、いいんですよ。思いたきゃ思うがいいさ。
私はね、服盗まれたんだい!
そんな気持ちで、二日間、洋服を買いあさる私でありました。幸せいっぱいでした。(単純)

つづく。

これから、友達の家でおでんパーティーです。
ちなみに今日はエクアドルは大統領選挙。
週末は禁酒令が出ています。なので、どのレストランもお酒は出せません。
というわけで、ホームパーティーなのであります。
行ってきます。
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風邪
休暇明けから3週間、咳が止まらない。
確か去年の今頃もこんな具合で、年明けにコスタリカへ行ったらケロッと治ったんだった。

そう、キトは2800メートルの高地なので、一度体調を崩すと治るのにとてもとても時間がかかるのである。
日本では風邪なんてめったに引かなかったし、引いても1日休めば治ってた。ところがキトではこんな状態である。とほほ。

「うがいをよくして」、「シロップを飲むといいよ」、「はちみつ入りのレモネードがいいらしいよ」とかなんとか、
人々は激しく咳き込む私に言うけれど、一番の薬はこの高地から出て低地に行くことだと私は知っている。

だから、今はおとなしくして、あったかくして毎日をやり過ごし、
目指すは12月6日からのガラパゴス!!!
きっと帰ってきたらすっかり風邪からおさらばしているはず。

というわけで、今週末はキャンプの予定だったけれどキャンセルして家にひきこもり。
こんな週末もまたたのし。
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整理整頓できない人
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色んなこと、あった。その2
旅行写真大公開!

マチュピチュをワイナピチュ山から眺めました。
幻想的な古代遺跡。
マチュピチュ


ペルーとボリビアはインディヘナの国。
ステキな衣装と強い太陽の光が印象的。
ペルーのインディヘナ


チチカカ湖に浮かぶトトラの島々。
トトラの島々


現金収入の少ないトトラ島の人々は、水鳥猟をしてたんぱく質摂取する。
ご馳走!


鉱山の町ポトシ。
鉱山の町


すごい臭気と土ぼこりのトンネルを巡るツアーは精神的にも肉体的にも大変。衝撃的な経験をした。
トンネル探索ツアー


ウユニ塩湖周辺を巡るツアー。7人乗りのジープで疾走するが、パンクもしばしば。運転手、タイヤ交換はお手のもの。
パンクは日常茶飯事


こんな風景や、
一面の塩!


こんな風景。
ピンクの湖


ちょっとその辺じゃ見られない!
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飛ぶように過ぎる
休暇から明けて2週間。
気がついたら2週間です。

旅に出ているときは、何時に起きるか、何を食べるか、どこへ行くか・・・、
一日をどう有効に使うか考えていたから、毎日がとても濃厚だった。
でも帰ってきてバタバタ仕事をしていたら、
もう前回の休暇の半分にあたる2週間が過ぎている。
考えただけでも恐ろしい。だって、一日が飛ぶように早い。
何をしなきゃ、と考えているうちに時間が経つ。

今日はしっかりと休日を満喫するぞと心に決めて、朝から掃除、洗濯、靴磨き。
午後から「Motorcycle Diaries」のDVDを見て、私の旅行で行ったマチュピチュの場面なんかを感慨深く思う。
夕方から友達に誘われてコンサートへ。Jose Luisという、渋いおじさん歌手のコンサートだった。
11時に終わって「一杯やって帰ろう」と言って夜中2時までお喋りに花が咲く。
「最近の日本人男児は決定力に欠ける」、「最近の日本には花婿修行教室というのがあるらしい」という話題で盛り上がる。

飛ぶように過ぎる毎日だからこそ、丁寧に過ごす休日が不可欠。
体内バランスが休日の過ごし方で全然違ってくるから。
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色んなこと、あった。
ただいま~。
キトに戻ってきました。

5日(日)に着いて、6日(月)から仕事復帰。
ふーっと息つく間もなく出張者のアテンド。気がついたらもう週末です。

少しずつ、旅の思い出をアップしたいと思います。
気をなが~くしてお待ち下さい。

取り急ぎ、行った先の印象などなど。

10.6~7@リマ in ペルー
空港から知り合いのマンションまでのタクシーでいきなりボラれる。
10米ドル払ったら空港を出て町に入った所で「あと10ドル払え」と言われる。
普段使わない(使っちゃいけない)暴言を運転手に吐きまくってタクシーから降りる。
旅の洗礼を受けたリマ。

10.8~11@クスコ&マチュピチュ in ペルー
観光地。町は美しく遺跡は素晴らしいが人人人。
朝の開門を待って登ったワイナピチュからのマチュピチュ遺跡は、
雲で見え隠れしておとぎ話のよう。
人間はどこまでも貪欲に自分の城を作るんだと古代パワーを目の当たりにする。
クスコで食べたアルパカ肉は???旨くも無い。まずくも無い。それはアルパカ。

10.12~14@チチカカ湖 in ペルー&ボリビア
あのウルルン滞在記で山本太郎が行ったところ。(そう、私は山本太郎好き。)
チチカカ湖に浮かぶトトラ(葦)の島で、私がずっとずっと行きたかった場所。
ウロス島は本当にトトラでできていた。お家もトイレも船もトトラです。
観光で訪れる人が増えてからも、ウロス島の人たちは昔から変わらない生活を続けていて
そのかたくなさはどこから生まれるのだろうと一晩考えたけれど、答えは出ない。
トトラの上で生活することが彼らのアイデンティティであるならば、彼ら自身が答えであるわけで、
観光客である私が「なんで?」と問いかけてみても彼らは「それはそうだから」である。
底抜けに明るくて屈託の無いトトラの島の子供たちがとても印象的だった。

10.15@ラパス in ボリビア
協力隊の同期のお友達と再会。
高級マンションの最上階(19階)に住んでいる。それでもお家賃は700ドルだそう。
そう、ボリビアは物価がとてもとてもとても安い。多分エクアドルと比べても半分くらい。
ラパスはどこまでも坂道で、どこに坂道の終わりがあるんだろう?
キトも坂道多いけど、ラパスの比ではない。
協力隊を終えてから何人かの同期に会ったけれど、彼女は南米の専門家。
いろんなことをよく知っているし、深い。
たくさんの刺激をもらって夜行バスに乗り込む。

10.16~17@ポトシ in ボリビア
中学校の社会科で習ったポトシ銀山。
赤茶けたハゲ山が町を見下ろす、荒涼とした場所。
鉱山の中を見学するツアーに参加する。
ギリギリ背丈くらいのトンネルが鉱山の中を縦横無尽に走っていて、足元にはレールがある。
15歳くらいの若者がヘッドランプの灯りを頼りにダイナマイトを仕掛けてスズや銀の在りかを探す。
彼らの口の中には一杯のコカの葉っぱ。噛んでいるとお腹がすかず、疲れも感じないんだという。
私にとっては重いツアーだった。
夕方のバスで移動するためにチケットを買う。
バス停で待っている5分ほどの間に、なんと大きなリュックサックの置き引きに遭う。
ペルーで買ったお土産、洋服、洗面用具、カッパ、電子辞書・・・紛失。
でもパスポートもお金もクレジットカードも別のカバンに入っていたので無事だった。それだけが救い。
バスの隣に座ったおばあちゃんにそのことを話したらなにやらお祈りを始めた。
自分のためだったか、私のためだったのかは、不明。

10.18~20@ウユニ in ボリビア
塩湖からチリ国境までを回る2泊3日のツアーに参加。
どこまでも真っ白な塩の湖は、まるで別世界。100キロでジープが走っても走っても、白。
チリ国境付近の湖にはフラメンコの群れ。湖面は風とプランクトンの関係で赤かったり真緑だったり、幻想的。
見回しても人工物が全く無い、完全な自然に身を置くと、一瞬自分の存在を忘れる。
私の写真技術では到底あの絶対的な自然をそのまま写すことは出来ないと思ったから、
とにかく目に風景を焼き付けた。この旅で一番すごいと思った場所。

つづく・・・。
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